AAS in Denverでの『タリナイ』上映

2019年3月21日から24日まで米国のデンバーで開催されたAAS(Association for Asian Studies)の年次大会に参加してきました。AASは米国では最大規模のアジア研究学会で、3〜5名程度で構成される発表パネルが400近く(!)あるという大きさです。 当プロジェクト(「近代日本の日記文化と自己表象」)では、これまで活動成果として、AASの支部的学会であるASCJ(Asian Studies Conference Japan)や、開催地をアジアに限定したAAS in Asiaで発表してきました(ASCJ 2015, AAS in Asia 2016)。今回は発表のお務めはなく、研究交流の機会としての参加です。

AAS in Denver会場のシェラトンホテル

AASでは毎年、研究発表のほかに、ドキュメンター映画の祭典であるFilm Expoが同時開催されます。会場の受付には、ブックレットも用意されていました。 審査を経て、23本の作品が会期中に上映されます。今回からの新しい試みとして、上映を見逃してもオンデマンドで観られるサービスもありました。研究発表と映画上映が重なっていることも多く、嬉しい配慮です。

Film Expoの最終日、23日の17:15から、大川史織監督の『タリナイ』が上映されました。 大川さんには、2018年12月に開催した「近代日本の日記文化と自己表象」第19回研究会でご講演いただきました。ありがたいことに、アップリンク渋谷での上映の最終日、ゲストとしてお招き下さったという縁もあります。

大川さんは、『タリナイ』の監督であるとともに、『マーシャル、父の戦場』(みずき書林、2018)の編者でもあります。餓死した日本兵の日記という貴重な歴史資料を明るみに出す意義はもちろんのこと、読者が日記本文に向きあう助けとなる様々な仕掛けが極めて魅力的で、刊行を知ったときには大変刺激を受けました。日記本文をこの企画の骨格とするなら、その肉づけの見事さにより、多くの読者に読まれうる一冊として仕上がったのだと思います。

過去に存在した人々の生きた証とも言える日記ですが、いざ翻刻・刊行しても、多くの読者を得ることはなかなか難しいことです。 『マーシャル、父の戦場』は、日記資料を刊行する際の、一つの理想形であるように思われました。

AASの展示ホールでは、日本の出版社の出展も多く、『マーシャル、父の戦場』も日本出版貿易株式会社のご厚意により、展示されました。

『タリナイ』監督の大川史織さん

映画の上映は、国外では初の機会です。映画をすでに何度か鑑賞した身としては、会場の反応がどのようなものであるか、楽しみでした。観られる、読まれる環境が違えば、おのずから反応も異なる。制作者や、国内の鑑賞者(もちろんそれ自体多様ですが)とは違う受取り方も当然あるでしょう。

日記の書き手である佐藤冨五郎さんは、軍隊生活ならではの抑制された、漢字カタカナ混じりの文体で、日々の出来事を綴りました。 抑制的な文体には、しかし個性を殺すべき一兵士には似つかわしくない、極めて私的な喜怒哀楽と、家族への思いも滲み出ます。

抑制された––––軍隊組織の中ですから、抑圧されたと言った方が適切でしょう。抑圧的な環境の中で生まれた文体だからこそ、滲み出る個人の声は、痛切に響きます。それが比較的シンプルな英文に置き換えられ、字幕に現れるとき、どのように響くのか––––そんなことも気になりつつ上映に臨みました。

AAS Film Expo会場

上映開始時には続々と来場者があらわれ、延べ60名ほどが鑑賞したでしょうか。 学会中の上映ですから、研究者や出版業者も多い中、一般参加(Film Expoは無料)も見られました。

幸いなことに、上映を知ったデンバー在住のマーシャル国籍(しかも映画の舞台であるウォッチェ島ご出身)の方々も来場されました。 鑑賞者の映像に見入る姿も印象的で、上映後の大川監督による英語の質疑応答も含め、初の海外上映は、大成功だったと言えます。

質疑応答時、ウォッチェ島出身の来場者を前にして

環境が違えば反応も異なる。興味深かったのは、作中では重要と言える場面での、会場のあちこちから上がった、予期せぬ、しかし真摯な鑑賞から生まれたと言うべき笑いの声でした。

一箇所は、冨五郎さんが日記の中で、「勉君ドウシタカナー」と、2歳のときに別れた息子の勉さんに思いを馳せる場面です(『マーシャル、父の戦場』では211-212ページ)。

画面にはマーシャルの青い海と空を背景に、日記本文が浮かび、中耳炎にかかった幼い勉さんの耳掃除を、冨五郎さんがしてあげたことが回想されます。

この場面で映される美しく青い海と空は、飢えと戦う戦時下のマーシャルの冨五郎さんが見つめ、見上げたものであり、同時に今日のマーシャルを訪れた勉さんたちが、あるいは映画を鑑賞する皆さんが、見つめ、見上げるものでもあります。

遠く空間的に離れた息子を気にかける冨五郎さんの思いは、長い時間の隔絶を超え、あたかも今日の勉さんに届き、勉さんの父への思いと共鳴するかにも感じられます。

同時に、(今日の日本の)鑑賞者は映画を通じ、空間的に隔たり、知らなかったマーシャルを身近に感じながら、この場面では、時間的に隔たり、知らなかった戦争の時代の、ひとりの父の経験と感情を追体験することにもなります。

青い海と空を媒介として、故人の遺した言葉の作用により、隔絶した空間と時間の、様々な経験と記憶が再び繋がり、未来への意味を持ち始めたとも思われる印象的な場面だと思います。私(田中)の学生も、この場面について、「何年経っても忘れない気がする」「言葉で表すのが難しい大きな、初めての感情を抱いた」と記しています。

AASの会場において、この場面で起きた笑いの声は、どのような感情の喚起に由来したのでしょうか。父親と子供の微笑ましいエピソードとして受け取ったのか。父を慕う子の姿を思い浮かべ、可愛らしいと思ったのか。あるいはまた異なる理由か。どのような父と子の物語を、鑑賞者は見出したのか。あいにく上映後は慌しく会場撤収となり、このあたりの確認はできませんでした。

もう一箇所、これは映画の最後に登場するセリフ。これから映画をご覧になる方もおいででしょうから具体的には示しませんが、ここでも、決して否定的ではない、むしろ映画への真摯な反応として、会場の数名から笑いが起きました。日本の上映時には、少なくとも私も、監督である大川さんも経験しなかったことです。環境が違えば反応も異なるとして、物語を締めくくると同時に、鑑賞者に問いを投げかけるセリフ、「コイシイワ アナタガ イナイト ワタシ サビシイワ」の旋律とともに、鑑賞者を再び映画の始まりに連れ戻すようなセリフは、どのような意味を帯びた文言として今回の来場者には受けとめられたのか。

これも、今後の機会があれば、確かめてみたいと思います。

上映後の記念撮影

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