「近代日本の日記文化と自己表象」第18回研究会のご案内

全国的な酷暑が落ち着くにはもう少々かかりそうですが、皆さまお元気にお過ごしでしょうか。
9月15日(土)に開催いたします第18回研究会の詳細が決まりましたので、ご案内申し上げます。

今回もご報告は二本立てです。
まずは、『近現代日本の教養論 一九三〇年代を中心に』(行路社、1997)の著者である、渡辺かよ子さん(愛知淑徳大学教授)によるご報告です。
ご報告では、ちょうど1930年代の後半に、旧制第一高等学校で学生生活を送った阪谷芳直の日記を題材として、その内面生活と時代意識を明らかにして下さいます。

もう一つのご報告は、先日出版されたばかりの、女性の日記から学ぶ会編『時代を駆ける2 吉田得子日記戦後編1946-1974』(http://d.hatena.ne.jp/mizunowa/20180605)に基づきます。この書の制作に携われた島利栄子さん、高崎明子さん、西村榮雄さんが、前作(https://sumus.exblog.jp/18360139/)の内容とあわせ、ご報告くださいます。

今回も充実したご報告になりそうで、主催者(田中祐介)自身、今から楽しみにしています。
研究会はどなたでもご参加いただけますが、会場の都合と資料の部数確保のため、お手数ですが事前に下記アドレスまでご連絡頂ければ幸いです:nikkiken.modernjapan(アットマーク)gmail.com(代表:田中祐介・明治学院大学)

ありがたいことに毎回、新規のご参加お申し出を頂いています。
ぜひお気軽に、奮ってご参加ください!

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「近代日本の日記文化と自己表象」第18回研究会

【開催日時】
2018年9月15日(土) 13:30-17:30

【開催場所】
明治学院大学白金キャンパス本館9階、92会議室

【研究会次第】
1. 報告と展望(13:30-14:10)
「『戦場』と『銃後』の日記資料データベース」の進捗報告
『日記の館 一号館』(長野県東筑摩郡筑北村)夏の開館イベントの参加報告
旧制高等学校記念館・第23回夏期教育セミナーのご報告
私小説研究会との協働について
2019年度の国際シンポジウム開催について

2. 研究発表(14:20-17:30)
「1930年代の旧制高等学校における『生きられた教養』 阪谷芳直の〈内面の日記〉より」(渡辺かよ子・愛知淑徳大学教授)
「『吉田得子日記戦後編』出版 女性一代記完結を記念して」(島利栄子・女性の日記から学ぶ会代表、高崎明子・同会会員、西村榮雄・同会会員)

※会の終了後、希望者は懇親会へ

『史学雑誌』127編第5号(2018年6月)の「回顧と展望」で『日記文化から近代日本を問う』が取り上げられました。

『史学雑誌』の127編第5号(2018年6月)「回顧と展望」特集号で田中祐介編『日記文化から近代日本を問う』(笠間書院)を取り上げていただきました。嬉しいことに、近代編の「総説」(真辺将之氏執筆)、「10 メディア」(渡辺桂子氏執筆)の二項に本書が登場します。

「総説」(同誌152頁)では、「私文書にかかわるものとしては、日記を題材にした総合的研究として田中祐介編『日記文化から近代日本を問う』(笠間書院)が出た。学校教育での日記執筆週間の育成や、他国との比較など多様な視角から、歴史学を含む諸分野の研究者が日記を分析している。その分析の多様さからは、日記を読み解く研究者の日記との向き合い方の重要性が逆照射される」と評して頂きました。

「10 メディア」(同誌176頁)では、「読者ー読書文化研究の論点は、田中祐介編『日記文化から近代日本を問う』でも対象を変え共有される。本書は書記文化全体を射程に入れ、史料・モノ・行為としての日記文化を分析、制度的背景や規範性にも切り込み、現時点でのひとつの到達点といえる」と評して頂きました。

どちらも本書の趣旨を汲み取った上での評価を頂き、嬉しいことです。お言葉を励みに、研究活動を促進して参ります。

『図書新聞』2018年7月21日号「読書アンケート」で『日記文化から近代日本を問う』が取り上げられました。

『図書新聞』2018年7月21日号の「読書アンケート」で田中祐介編『日記文化から近代日本を問う』(笠間書院)が取り上げられました。

2018年度上半期の書籍・雑誌等の中から印象に残った3点を選ぶ、というアンケートで、近代日本言語史の安田敏朗さん(一橋大学)が本書を選んで下さいました。「時代、書き手、目的の異なるさまざまな日記を素材に多様な議論がなされている。他人の書いた日記はのぞいてみたいものなので、それぞれに興味深い。今後は、「書かされ」ること、それを含めたリテラシーのあり方についていま一歩踏み込んだ展開を期待したい」とのお言葉をいただきました。

「書かされる」ことを含む「行為としての日記」は、本書の総論でも取り扱い、第一部「自己を綴ることの制度化」を中心に掘り下げた主題でもあります。が、視角としては比較的新しいだけに、本格的な考察はまだまだこれからでもあります(3月の書評会でも、今後ますます掘り下げて欲しいとのご指摘を頂きました)。叱咤激励のお言葉と捉え、精進して参ります。

「近代日本の日記文化と自己表象」第17回研究会のご案内

7月15日(日)に開催いたします第17回研究会の内容が定まりましたので、ご案内申し上げます。

今回のご報告は、根来由紀さん(立教大学大学院)と山守伸也さん(関西大学等非常勤講師)にお願いすることができました。

根来さんはこれまでずっと、研究会当日の運営を支えてくださいました。
今回はいよいよご報告でも会を盛り上げてくださいます。
中原中也の長男である文也の誕生から死去までの日記を中心に、
同時期に書かれた詩との比較分析をして下さるとのことです。

山守さんには、『日記文化から近代日本を問う』の出版後にご連絡をくださったことが縁となり、
今回のご報告をご快諾いただきました。
山守さんは博士論文で日記論を扱われています:
https://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/handle/10112/9040
https://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/handle/10112/8659

今回はこの博士論文での議論をベースに、『日記文化から近代日本を問う』の「総論」の議論との接続を試みて下さるとのことです。広く日記文化研究のあり方や可能性について議論できるようとのご配慮を頂きました。ありがたいことです。

当日は、8月中旬の「日記の館」(長野県東筑摩郡筑北村)開館イベントのご案内や、
「『戦場』と『銃後』の日記資料データベース」の進捗報告などもいたします。
また、今年度の今後の計画とも関わることですが、
「女性の日記から学ぶ会」の島利栄子さん、西村榮雄さんが、あいついで新著をご出版されました。
『時代を駆ける2 吉田得子日記戦後編1946-1974』、『堀江芳介壬午軍乱日記』です。
両方とも、みずのわ出版からの刊行です:http://d.hatena.ne.jp/mizunowa/
この二冊についても、ご案内をする予定です。

 研究会はどなたでもご参加いただけますが、会場の都合と資料の部数確保のため、お手数ですが事前に下記アドレスまでご連絡頂ければ幸いです:nikkiken.modernjapan(アットマーク)gmail.com(代表:田中祐介・明治学院大学)
みなさまぜひ奮ってご参加ください。

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「近代日本の日記文化と自己表象」第17回研究会

【開催日時】
 2018年7月15日(日) 13:30-17:40

【開催場所】
 明治学院大学白金キャンパス本館9階、92会議室

【研究会次第】
 1. 報告事項(13:30-14:20)
   「『戦場』と『銃後』の日記資料データベース」の進捗報告
   新著『時代を駆ける2 吉田得子日記戦後編1946-1974』のご案内
   新著『堀江芳介壬午軍乱日記』のご案内
   「女性の日記から学ぶ会」22周年のつどい(7月7日開催)参加報告
   旧制高等学校記念館・第23回夏期教育セミナーのご案内
   シンポジウム「日記から読み解く高度成長期日本民衆の意識と行動」(10月20日開催)のご案内
   【新資料】多声響く……学級日誌のご紹介

 2. 研究発表(14:30-17:40)
   「中原中也の日記と詩作――長男文也との『生活』」(根来由紀、立教大学大学院)
   「現代日本における日記文化研究の社会学的転回:〈日記メディア〉と〈日記行為〉という視点から」(山守伸也、関西大学等非常勤講師)

  ※会の終了後、希望者は懇親会へ

【開催報告】第16回研究会

2018年5月19日(土)に開催いたしました第16回研究会の参加記を、徳山倫子さん(京都大学)がお寄せくださいました。当日のお二方のご報告を踏まえ、『日記文化で近代日本を問う』の問題意識に繋がるご考察をいただき、感謝申し上げます。以下、ぜひご一読ください。

なお、第17回研究会は7月15日(日)に開催予定です。詳細は追ってご案内申し上げます。

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第16回研究会参加記

第16回研究会では、ハンセン病患者の自己表象に関する報告と、農民運動家の渋谷定輔の日記や書簡を用いた農民運動に関する報告の2本の研究報告が行われた。

第1報告は、大野ロベルト氏(日本社会事業大学)による、「『癩患者の告白』と北条民雄―自己表象の内発性/外発性について―」である。大野氏は先に出版された論文集『日記文化から近代日本を問う』でハンセン病患者として作家となった北条民雄の日記について分析しており(第7章「権力と向き合う日記―北条民雄と読者・文壇・検閲―」)、今回の報告はこれまでの成果を踏まえながら、考察の対象を作家ではないより一般的なハンセン病患者の書記行為に広げたものと言える。

分析に用いた『癩患者の告白』は1923年に内務省衛生局により編纂され、1934年に再版されたものであり、106の「告白」が収録されている。同史料の発行の経緯や意図などは不明点も多いが、今回の報告では「告白」の文体や内容についての分析がおもに行われた。文体については、「告白」のなかには詩歌を交えて長文で自らの生い立ちを綴ったものもあるが、失明により執筆が困難な者や子どもの文章も含まれており、後者のような事例は個性のない報告文のような文体で綴られていることから、聞き取りに基づいて第三者が執筆したことが示唆された。内容については、療養所入所前の過酷で不幸な半生と入所後の安穏が対比的に綴られる傾向があったことが指摘された。『癩患者の告白』の「凡例」には「原文の保存に留意」し、「可成修正を加へざることなり」という但し書きがなされていたが、収録されている「告白」から浮かび上がるのは、匿名性による不透明な「自己」の存在であった。

一方で、作家として療養所で暮らす北条は、「癩文学」の作家としてしか周囲から期待されないことへの反発や、小説の執筆や書籍の購入の際に必ず行われる療養所内での検閲に対する怒りを日記に綴っていた。彼の日記に綴られた療養所生活は、社会性を獲得できず、病魔に蝕まれることを恐れる日々であり、「告白」に綴られるような世俗から隔絶されることにより得られる安穏の日々とはほど遠いものであった。

大野氏は報告の結びとして、夏目漱石の「現代日本の開花」における内発性/外発性の理論を援用しつつも、内務省の調査を契機とする「癩患者」の「告白」を外発性、北条のテクストを内発性という単純な図式で捉えることはできないと指摘している。患者に自己表象の機会を与えたという意味において、『癩患者の告白』の編纂は内発的な心情の吐露を誘導したと言え、「癩文学」の作家として期待された北条が感じていた圧力は外発的なものであったとも言えるからである。ここに、内発性/外発性モデルの限界性が表出するのであり、「自己表象」という用語(自己は表象という閾をまたいだ瞬間に崩壊をはじめる)とどう対峙すべきか、という問いが提示された。

第2報告は、新藤雄介氏(福島大学)による、「戦前の農民運動家・渋谷定輔日記原本と往復書簡―理論と反理論の行方―」である。プロレタリア文学作家の中西伊之助は、マルクス主義色の強いプロレタリア雑誌『文芸戦線』の同人であったが、彼は雑誌上においてマルクス主義に関するごく小さな論争を起こし同誌から脱退している。脱退後の中西が取り組んだのが農民・渋谷定輔とともに農民自治会を設立し、機関誌『農民自治』を発行することであった。彼らは大正末~昭和初期にかけて高度化した概念・理論を重視するマルクス主義を批判し、理論と現実の乖離にともなう「反理論」的な立場をとった。今回の報告は、この「反理論」的態度がいかなるものであったのかを分析するものである。報告では渋谷日記の原本と編集を経て出版された同氏の日記の内容の差異や、原本を参照する意義について言及がなされたうえで、日記原本や彼の妻となる人物との往復書簡、ならびに『農民自治』を史料として分析が行われた。

農民自治会は、地主や都市部の資本家階級のみでなく、都市部の労働者も批判の対象としていた。そして、理論を唱えるのではなく、実際に農村で生活し、その実態を知るべきだとも説いていた。ところが、1926年8月に渋谷は「ネオ・コミユニスト」と称するある男と出会い、完全に論破され敗北を痛感することとなる(論破事件)。この事件を経て渋谷はマルクス主義への関心を高め、『農民自治』にも理論を重視した記事が掲載されるようになった。ただしこれは、マルクス主義への迎合ではなく、理論で捉えきれない生活実感や経験を理論として昇華する「反理論の理論化」であった、と新藤氏は指摘している。渋谷の立場の変化は、他の農民自治会のメンバーとの乖離を生むこととなり、都市居住のインテリ層のメンバーがアナーキズム的な態度を採っていたのに対し、渋谷は団結を説くようになる。思想的な乖離を背景に、農民自治会は1928年6月頃から解体状態となった。

報告のまとめでは、この時期の「反理論派」の存在は珍しいものではなかったことが示唆され、「反理論」派内部でも理論化が進み、それがさらに都市インテリ系と農村農民系に分かれるというモデルが示された。

両報告に関してフロアから多くの質問・感想があり、活発な議論が行われたたためそのすべてを拾うことはできないが、これらのやり取りを経て筆者(徳山)が感じたことを記してまとめに替えたい。

今回の大野氏の報告からは、「自発的に書く」ことと「書かされる」ことの境界の不鮮明さに気付かされたが、これは、近代日本の日記・綴方文化のなかで人々が書いた/書かされた文章が孕む、「ホンネ」と「タテ前」をいかに理解するべきかという問いであるとも言えよう。そしてこの問いは、お題を与えられ綴らされた『癩患者の告白』のような史料だけでなく、北条民雄や渋谷定輔が綴った強制されない日記においても生じうると筆者は考える。

渋谷は日記のなかで自らを「彼」と称することもあれば「俺」と称することもあり、時に日記を客観的に綴ろうとし、時に日記に没入していた。書くことにより可視化される自己を客観視するか、そのような自分を振り払い自己の思考や感覚に精神を研ぎ澄ますか、どちらを優先するべきかという葛藤は自己を綴ったことのある誰もが経験することであろう。「ありのまま」の自己を綴ることの不可能性は、前提として改めて自覚されるべきである。

しかしそれは、綴られた自己が「虚構」であることと同義ではない。北条は日記に「全身をぶち込ん」で小説を書く自らの心情と、「癩文学」を執筆することへの葛藤を綴っていたが、これらはともに作家・北条の「真実」の姿であり、このような姿は彼の小説と日記の両方を分析することにより、初めて明らかになることであった。また、渋谷の思想的な変化は、まず日記に綴られ、これが『農民自治』誌上に発表されるまでは時差があった。日記に綴られた思想の転換の個人的な契機と、他者に向けた論説の双方を分析することにより、より詳細に渋谷の思考や行為の推移が明らかになった事例と言えるだろう。

日記を含む多様な史料の利用は、文章を綴った人物の多面性を明らかにするうえで、あるいは、ある事象を多角的に分析するうえで有用であると考えられる。田中祐介氏は『日記文化から近代日本を問う』の総論で、近代日本の日記文化を「史料」・「モノ」・「行為」という3つの切り口から考察しているが、研究者が日記などの「史料」を前にしたとき、綴った人物にとってそれがどのような「モノ」であり、それを綴るということはいかなる「行為」であったのかを思い巡らすことの重要性について、改めて考えさせられた。

(文責:徳山倫子)